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写真とか音楽とか、自転車をはじめモノの話をしてみたり。
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ニューヨークを中心に、ゲリラ的にミュージカルパフォーマンスを行うこのimprov Everywhereという集団。

Gizmodoにも書かれいたので、ちょっと紹介してみようと思います。

▼まぁ一度見てみてください。




かれらの行動理念は"We cause scene."
「シーンを引き起こす」って感じでしょうか?

"Cause"は、よくも悪くも、引き起こす感じです。事故(Accident)とかと良くセットで使われ、「原因
」的な意味も内包しています。
この"Scene"という単語は訳しづらいのですが、場面・光景・場などの要素を全て包括した概念で、それば劇・映画・現実を問わないものです。
この言葉の存在は、英語圏の人間が、劇や映画と現実に明確な境界線をもっていないような印象を与えます。
つまり、彼らにとっては日常の何気ない風景(Scene)がそのまま映画の一場面(Scene)になりうるし、その逆もまた然り。ということです。


あ、話がそれました。


特にこのImprov Everywhereは彼らが、
"Improv Everywhere causes the scenes of chaos and joy in public places."
(公共の場に混沌と歓喜のシーンを引き起こす)
と云うように、一般の人にとっての日常にミュージカルのシーンを持ち込む事によって、現実と劇の世界を極端に近づけ、剰えその境界さえを取り除いてしまうような感じさえ受けます。

周りの人々は観客であり出演者であり、彼らと一緒にその"場"(Scene)を作り出すことに否応無く巻き込ま(involved)れ、そして場はより高密度なシーンへと進歩(Improve)していきます。


このようなスタイルのミュージカルは、正に劇や映画の究極のゴールである「現実と劇中世界の境界の突破、融合」をなし得るもとだと云える事が出来ますが、残念ながら観客がチケットを買って見たり、電話で観覧予約を入れたりする事はできません。
なぜなら、「チケットを買う」、「予約する」という行為がその人を既に「観客」足らしめる行為であるからです。

自分が映っている映像がモニターに映し出され、その映像を自分自身が見た時、
これに近い感覚を得る事があります。
出演しているのは現在の自分であり、それは同時に出演者を見ている観客たる自分です。

この「観客であり出演者である」という概念を示す単語は存在しません。
無理矢理つくるとしたら"Actience"のような単語になるでしょうか??


人々をActienceにする劇の形態は、劇中世界と現実の境界線を取り払い、
劇や映画の世界だけでなく日常を”Scene”としてより輝かせてくれる存在であることは間違いないでしょう。



------------------
///Improv Everywhere - 公式サイト。
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 モダンデザイン。
 
 
 
 モダンという言葉が持つ意味は、ほとんどの人が理解しているとおり「近代的」である。
しかしこの言葉を使う時ー特にデザインを語る際ーには少々留意しなくてはならないことがいくつかある。
 
 モダンは英語でModernと綴り、これは「近代/現代的な」という意味を持つ形容詞である。
MoMAは(New York)Museum of Modern Artの略であり、これは即ちニューヨーク近代美術館を指す。
 
 
 日本人はモダンという言葉に、過去的なものではなく未来的なものを見る傾向が強い。
 
つまりそれはモダンという言葉が、多くの日本人の脳内でそのままモダンデザインという言葉に直結しているということである。
 
 例えば、ドイツにLamyという筆記具の会社があるのだが、この会社はLamy2000というペンが有名である。
このペンはモダンデザインの好例とされるペンであるが、デザインされたのは1966年である。
 
 1966年といえば東海道新幹線開通直後であり、誰しもがレトロフューチャーと認めるデザインの0系新幹線が時代の先駆けとして走り抜けていたころであり、カラーテレビが一般家庭に普及して間もないころであった。
 
 たしかに1966年は近代(Modern)ではあるが、日本のほとんどの人々は、1966年という時代自体に全く”モダン”を感じないであろう。
日本人のほとんどにとって、モダンというのはモダンデザインがもつ先進的洗練性であり、つまりそれは未来的なイメージを常に纏うのである。
 
 科学文明が華開いた20世紀においては、万物のデザインは常に機能性を念頭においたものであった。
派手な色彩や柄で敵を威嚇することを目的としていた戦闘服は、なるべく敵に見つからないような迷彩に姿を変え、
飛行機や車などのデザインは常に空気抵抗との戦いであった。
 
 つまり21世紀の現代におけるモダンデザインとは、20世紀に華開いた機能的洗練性をもつデザインのことであり、
モダンデザインという言葉それ自体には、本来特定のデザインの方向性は内在していない。
 本来のModern Designの意味には、それこそ近代的デザインの意味しか持っておらず、それは1920年代のドイツ・バウハウス/ロシア・アバンギャルド、1930年代アメリカの流線型志向などの「近代」デザインを指す訳である。
 しかし日本の場合は、モダンデザインというその言葉自体が近未来的洗練性を持つデザインの総称であるかのように使われる傾向が特に強い。
 
 前回書いたとおり、現在のAppleの製品のような機能的洗練性をもつモダンデザイン、即ちシンプルネスを基調としたデザインは50年以上前にラムスをはじめとしたドイツのプロダクトによって完成されていたといって相違ないと思われる。
 21世紀の現代に於ける「近代」とは即ち20世紀そのものであり、それは機械化による大量生産の時代である。数多のプロダクトは必然的に大量生産に向いたデザインに形を変え、それは即ち「なるべくデザインをしないデザイン」であった。
 しかしそれは結果的に「使いやすさ」というデザインの重要な一要素を人々に如実に認識させ、もはや現代のモダンデザインには大量生産の意図は内包されていないように見える。
 次の100年は「環境の時代」と呼ばれるようになる、というのは良く云われる事だが、100年後のモダンデザインは一体どのような物になっているだろうか。
それを考えたときに、もはやこれ以上のシンプルネスをプロダクトに求めるのは的を得ているとは云い難いし、もはや万物のシンプルネス化は限界に近づいているようにさえ見える。
 このままプロダクトにシンプルネスを求めれば、それはいつか「デザインの地平」に到達してしまう気さえする。

それが果たしてデザインとして優れているかどうかは見てみない限りは分からないだろうが、「地平」に到達してしまったデザインにさらにその先という物は存在しないだろうと思う。
ユニクロに行ったらカラージーンズが990円で安売りだった。


サイズが小さいのしかないし、色がビミョーだったから安売りになってたんだと思う。



オレンジ色のスキニーなジーンズがあって、雰囲気よかったので履いてみた。

うん、履いた感じは良好。




(買おうかなぁ〜、どんな服と合わせれば合うかな?)と考えて鏡を見た瞬間、








「ポリシックス....!!」












もうポリにしか見えなくなって(特に下半身が。)、
無性に恥ずかしくなってきたので買うの止めました。
昨日洗濯をしたんだ。

なんかカラカラ音が。

どうも変だと思った。

でも面倒くさいので、

そのまま放っといた。



そして洗濯物を取り出そうとしたとき、洗濯機の底にボールペンが見えた。
油性ボールペン服に入れたまま洗濯したということをその時遂に理解した。
インクは漏れ出してなかったものの210円のボールペンは大変なことに。
開けた瞬間油性のインクが手について、こすっても落ちない油汚れの様相。
台所用洗剤で洗うと、水の上に膜を作って流れていくあたりはさすが油性。
ボールペンも台所洗剤で洗って、処理に困ったので放っておくことにした。
しかたが無いので携帯電話で伊達政宗の特集放送見て、そのまま就寝した。


洗っても洗濯物を汚さないボールペンをお探しの方は、
ステッドラーのトリプラスボールペンをお勧めします。


 
 


いや、このボールペン、品はいいんだよ。
書きやすい三角軸だし、インク切れしないし。
もちろん、洗濯しても安全です。。。。
今までドイツのディーター・ラムス。
日本の深沢直人氏について大方書いたので、
(超適当に、ですけど。)


今回はアメリカはアップルのプロダクトデザインに附いて書いてみようと思います。


アップルと云えば革新的なプロダクトデザインで有名ですね。
1998年のiMacは、当時のパソコンの既成概念を打ち破る一体型、
そして鮮やかなスケルトンボディーでデビューし、10年以上経過した今でも、
未だにそのデザインは斬新で、目に新しいものがあります。




そして云わずと知れたベストセラープロダクト、iPod。
 
これらアップルのベストセラーとも云えるプロダクトの大半のデザインを主導したのが、
ジョナサン・アイブ(Jonathan Ive)です。



彼のデザインは以前紹介した、ディーター・ラムスのデザインに非常に影響を受けており、
最新のMacBookやMagic Mouseなどを見ても"Less But Better"の理念が見て取れます。
特にスティーブ・ジョブスが社長に就任してから、彼のプロダクトに対する影響力は増加したとよく云われます。


▼ここまで来ると、「パクリか」と書かれることも少なくない。


Appleのプロダクトは、たとえそのデザインがラムスの模倣であったとしても、
十分な魅力を備えているのは、昨今のiPod/Macの売り上げ実績を見ても明らかですが、
それより驚くのは、この画像が証明する通り50年前のデザインであるBraunのプロダクトは、
2000年代においても十分モダンデザインとして通用しているということです。


50年前に「可能な限りデザインしない」良いデザインは既に完成していたといえるでしょう。









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